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第7回『目からウロコの異業種交流会@岡山』その2

ここでは、参加者が講演してくれた内容を要約して紹介しています。
実際の内容は相当濃かったので、文章では伝えきれませんが、できるだけまとめてみました。
幸せな人生を送る上での参考にしていただけると幸いです。
また、このことに興味をもっていただければ、目からウロコの異業種交流会@岡山にご参加ください。
暖かい雰囲気の社会人サークルですので、すぐに仲良くなれますよ。
不安な方はお問い合わせよりご連絡いただけると対応いたします。

幸せについて(各参加者の考察)

消防士の男性

中学時代に万引きによって2回補導された経験から、自分の存在を否定してしまい引きこもりになったようです。
そのときに、自殺まで考えたようですが、家まで顔を出してくれた友人に救われてなんとか生きる希望がでてきました。
大学時代も上手くいかないことがあり、落ち込んでいましたが、今は生きるための目的をもちそこに向かって生きることが幸せだということでした。
周りの人間を笑顔にできる、『走るパワースポット』を目指して現在は精力的に活動しています。
やはり、生きる目的をもつというtことは、自分の存在を確立するために必要なことなので、幸せになる上で欠かせないことは人生の目的をハッキリさせることだということでした。

事務の女性

現在、CMの出演数で女性TOPに輝いているのが「マツコ・デラックス」さんです。
このマツコさんがMCを務める「月曜から夜ふかし」という番組の話を引き合いに出して話をされました。
「神様が1つ願いを叶えてくれるなら何を頼む?」との質問があった回です。
その中で、

一般女性

永久にお金をもらう。




という一般女性がいました。
お金をもらったら可愛くなれるから、という理由だそうです。
それに対して、

マツコ・デラックス

お金持てばキレイになれるって言ったじゃん? これ、本当そうなのかな…?
キレイに生まれたからお金も得られる幸せな人になれるのか、お金さえあればキレイになって幸せになれるのか。これ…どっちが正しいの…?




と回答。
続いて、

マツコ・デラックス

キレイじゃなかったらダメ、って言うんじゃ身も蓋もないじゃん。でも、お金は頑張れば手に入るじゃん。じゃあ頑張ってお金も手にできて、それで幸せになれるの?
多少、お金を稼がせてもらった感想ね。全然幸せになんねぇ。ほんとうに…。だから私、キレイなほうが得だと思う。
神様に一つ願うなら、「あたしもそんなに幸せにならなくていいから、他の人もみんなそれなりの幸せしかあげないでください」意地悪だけど、それが本音!




と言ったそうです。
皆さんはどう思いますか?
お金があれば幸せだと思う?
それとも、お金は無くても容姿に恵まれ、異性に恵まれ、愛があれば幸せでしょうか?
マツコさんは、今年300本を超えるテレビ番組に出演し、レギュラーも9本。
下積みも経て、芸人なら誰もが憧れるポジションにいる人でしょう。
それに伴い、収入も倍増。”多少稼がせてもらった身” を否定する人はいないでしょう。
だけど、「全然幸せじゃない」
本人は、「きっと綺麗じゃないからなんだろう、家に帰ったら一人で寂しいからなんだろう。」と言っています。
ですが、私たちは、誰もが「手にしていないもの」に憧れているだけで、それが本当に手に入ったとき幸せかどうかはまた別なのかもしれません。
有り余るお金を手にし、容姿も端麗で異性にモテる。
そうしたら本当に幸せでしょうか?
綺麗なアイドルが、上手く知名度を広げたら、収入も伴うかもしれません。
だけど、質の良いファンばかりではないでしょう。
贈り物を送り返して恨みを買って、刺されたり、一人暮らしの自宅で、夜中起きたら枕元に男性のファンが立っていたり…。
ストーカーに遭う確率は、魅力的なアイドルほど高いかもしれません。
たくさんの不特定多数の異性に注目され、チヤホヤされることを求める人は、容姿を活かして幸せを感じることもあるかもしれません。
しかし、 注目されるがゆえの窮屈さ、束縛、つきまとい、誤解…。
人気があることと大事にされて幸せを感じることはまた違うのではないかと思う例に事欠きません。
マツコさんだって、仕事のなかった貧乏時代から、一気に注目され、オファーが途切れなくなり、収入が跳ね上がった時は嬉しかったに違いありません。
それを目指して、汗水たらして営業してきたのでしょうから。
だけど、もう慣れてしまったということだと思います。
人は慣れます。
手にしたその時の喜びは続きません。
もっと言えば、生まれた時から苦労せず手にしたものに対しては、大して喜びも感じません。
当たり前ですから。
私たちは五体満足で、日々食べるものがあり、 住む場所があり、教育を受けられたことに関してどれだけ喜びを感じますか?
周りの皆もそうだから、当たり前だから、違う環境を知らないから、そこに注目して幸せを感じることなんてほとんどないでしょう。
持っていなかった物を、苦労して手に入れた時、私たちは幸せを感じる。
だけど、そのうちそれにも慣れて、満たされなくなる。

それはお金でも、容姿でも(整形しても)、愛でも、一緒なのだと思うのです。
だからこそ、何かの上に立てる幸せではなく、何が無くても幸せな状態になれることが大切だと思います。
そんな幸せがあるかは分かりませんが、それが真に幸せだと言える状態ではないでしょうか?

JR職員の男性

幸せと言うのは「心の状態」と言うことができると思います。
人生を振り返ると、これまで何の不可もなく平凡に生きてきて、大学を卒業し東証1部の大手企業に就職したが、できちゃった結婚により人生を考えさせられました。
それは、妻や子供のことを考えて保険の加入を考えたときです。
ファイナンシャルプランナーに、「このままでは30歳を超えたら、人生ずっと赤字ですよ」と言われたことがきっかけです。
自分がこのまま生活をしていくと、赤字!
せめて、妻と子供を守るためには…
ということで考えたのが、生命保険をたくさんかけての”過労死”でした。
しかしそんな中、兄の助言によって何とか救われました。
”死”まで考えて不幸のどん底を味わったから、生きていることが幸せだと感じるようになりました。
自分がどうしたら『幸せ』になれるのかは、自分の状態によって決まります。
目標をたててそれを達成すれば、満足を得られる。
しかし、それは長く続かず、また更なる目標をたてて生きていく。
この繰り返ししかないけど、このなかで自分が幸せだと言う状況をどう作るかが大切になってきます。
『自分×○○=幸せ』
という図式で、○○に当たるものを物質的なものに置くのではなく、自分の幸せな心の状態を持ってくることが大切なんではないでしょうか?

郵便局員の男性

幸せになるには、まずは苦しみの元を知ることが大切です。
これは病気でも同じことが言えますが、病院で原因を診察してもらい、それに対して治療するから病気が治るのです。
幸せでない状態を「苦しみ」とするならば、苦しみの元を正しく診断する必要があります。
そのことについて、芥川龍之介の言葉を紹介しましょう。
芥川龍之介は、言わずと知れた『芥川賞』でも有名な日本有数の文豪です。
そんなすごい人なら、さぞ輝かしい人生を送ったに違いないと思うでしょう。
しかし、芥川は自殺しています。
それは何故か?
世間的には「生活苦」であったり、「病苦」、「精神的な疲れ」と言ったことが取りざたされています。
しかし、本人の手記の中では、そんなものは違うとして自殺した原因をハッキリと言っています。
では、何が原因で自殺したのか?
それは、「唯ぼんやりとした不安」だったようです。
「生きていても先が分からない不安」とでもいいましょうか。
芥川晩年の作品である「侏儒の言葉」には、「人生とは狂人が主催するオリンピックである」というような言葉を残しています。
生まれたときに、競技場に放り出されて、「周りと同じようにしなさい」と言われて満身創痍になりながら円周トラックを走り続ける。
これは、目的もなく走り回っているのと変わりません。
そんなことを続けてどうなるのでしょうか?
芥川龍之介ほどの天才が何も考えなかったわけはないでしょう。
満身創痍になってそのまま倒れていくだけ…。
そんなことは簡単に想像できたはずです。
人生はそんなのでいいのだろうか?
その答えが分からず「ぼんやりとした不安」と言ったのでしょう。
この「ぼんやりとした不安」こそが苦しみの元であり、生活苦や病苦などはあくまでも枝葉末節に過ぎません。
苦しみを大きな木に例えたときに、「お金がない」「恋人がいない」「病気」・・・などは枝葉であり、幹や根に当たるのが先が見えない「ぼんやりとした不安」なんです。
では、苦しみを取り除くためにはどうしたらいいのでしょうか。
枝葉をいくら切ったとしても、また新しいものが次々と出て来ます。
それではいたちごっことなり、キリがありません。
苦しみの花が咲く木があったとしたら、苦しみの花が咲かないように幹や根っこから切り落とす必要があります。
これが苦しみをなくして、幸せになるために大切なことではないでしょうか?
ではそのためにどうすればいいのか……
、、、と言うところで時間切れになってしまいました。。。

続きはいつかお願いします

実は、みんなその答えが聞きたかったようですが、タイミングが悪く次の機会に持ち越しとなりました。
私も個人的に聞きたいところですので、また講師をお願いしてみようと考えています。
この記事を読んでくれた皆様も、続きが気になるようでしたら是非とも次の勉強会にご参加いただけたらと思います。

まとめ

人間が普段の生活で求めている幸せは、欲を満たすものであり、すぐに飽きたり慣れたりするので次第に幸せを感じなくなります。
また、手に入れた幸せはずっと続くわけではなく、何らかの形で引き離されてしまいます。
そのため、何かによって成り立っている幸せにすがるのではなく、何もなくても幸せだと思える身になる必要があります。
とはいえ、何があっても崩れない幸せと言うものが存在するのか?
もし存在するとしたならば、どうすればそのような幸せになれるのか?
ここのところは分からない部分です。
今後も、機会があれば、みんなで考えて幸せになる道を歩んでいきたいですね。
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